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r-fukai's Diary ausf blogger

火曜日, 12月 04, 2007

ケータイ小説とやらはお涙頂戴ものがケータイという新しいメディアに載ったものに過ぎない

「恋空」とか仕事でちょっと眺めたことがあるのだが、確かに文章としてのレベルは相当に低かった。だが、ハーレクインだと思えば別に目くじら立てるようなものじゃないとも思った。
レベルが高いことが世間に受け入れられることに繋がるわけじゃないのは(逆もまたしかり)、創作の基本といってもいいと思うのだけど、何故にレベルが低いものが世間に受け入れられることを許せない人が多いのだろうか。
大映の「赤い」シリーズが永遠に続かなかったように、やがてケータイ小説も飽きられて捨て去られるだろう。広く世間に受け入れられるということはそういうことだ。何故ならば、世間は飽きっぽく移り気なものだからである。

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