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r-fukai's Diary ausf blogger

火曜日, 12月 21, 2004

こんな運動をやってる人がいるとは

http://yellow.ribbon.to/~aka7/savegirls.htm
……。
いや別に「私は犯罪を犯しません」宣言は別に悪いことじゃないけどさ。
それってなんか変だろ。
たとえ話をしても許されるのであれば、中国人窃盗団が暗躍してたら日本にいる中国人は泥棒だという先入観を持って接されることになるって事象と、このサイトで問題にしている事象はほぼ同じものだと私には思われる。
そこで、例えば華僑の団体か何かが「我々は犯罪を犯しません」などと大々的にキャンペーンを張ってみたところで、それで何らかの解決になるとは、私には到底思えない。
なぜならば、「犯罪を犯しません」「犯罪が起きようとしていたら積極的に防止策を講じます」なんてのは、社会の一員として当たり前のことだからだ(後者はあまり当たり前でもなくなってきている感もあるが)。
当たり前のことをことさら声高に主張する輩は、「なぜそのような当たり前のことをいまさら主張するのか」などと、却って胡散臭い目で見られるのではないだろうか。
そもそも、社会の一員として何も問題のない人間を、理不尽な理由でオミットするのが偏見や差別なのだ。そこでことさら社会の一員として問題ないということを叫んでみても、何の進展があろうか。
「サイトを訪れる人に再啓蒙を行なう」というのはアイデアとしては悪くないと思われるが、果たして大半の正常な人々に含まれる、ごく少数の異常な人間(すなわち、彼らが犯罪者予備軍である訳だが)に、その言葉は届くだろうか? たとえ届かないにしても言葉を発し続けるのも一つの道ではあるので行動自体を否定はしない。だけどその有効性はかなり疑わしい、とこの際だから言ってしまおう。世の中には話が通じない人々で満ち溢れているというのに、流し読みされるウェブ上の言説がどれだけ力を発揮するだろうか。こういう場合は、他の利益に誘導するような種類のものでなければそう簡単には効力を現さないだろう。
代案? そんなものが簡単に示せるようなら、この世の中からあらゆる差別や偏見はとっくの昔に一掃されていると思いますよ。
一応、建前として差別や偏見はいけないということになっている。よって、具体的にオタクに対する差別や偏見をあらわにした人物(最近、そんなのがいたような気がしますな)を徹底的に攻撃するのは、差別や偏見との戦いを長いこと続けてきたユダヤ人社会の一部が取っている戦略なので、やってみてもいいかも知れない。もちろん、攻撃とは言っても、理性的に論理的に道理を踏まえてやらなければいけない。相手と同じ土俵に立ってしまったら、その時点で負けなのだから。