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r-fukai's Diary ausf blogger

月曜日, 4月 28, 2008

所詮は評論家か

http://www.tobunken.com/diary/diary20080426120634.html
児童ポルノ同人誌の制作・販売が表現の自由なら、この准教授のブログだって表現の自由なのである。
「私の自由は死んでも守るが、他人の自由はその限りではない」
というのであれば、その人間の発言の説得力は大きく落ちる。
オタクたちはいま、試されているのかも知れない。
冗談じゃない。
あんな「祭り」と称してネット上の様々な場所に殺到するイナゴどもと、「オタク」という枠でいっしょに括られんじゃたまったものではない。イナゴどもも「オタク」と呼ばれるのをよしとしない人種が多かろう。
あれはネットイナゴという新種の人種であって、無理矢理オタクにしたければ「ネットオタク」とすべきものだろう(イナゴをたきつける役割をはたしている「ネットウォッチャー」とやらも同様)。インターネットいやさWebなどというものが存在する前から「オタク」をやっていた人間と彼らとは完全に別物である(もちろん、両方を兼ねている人もいるだろう。しかし、それは別の話)。同じ「オタク」であっても、その行動原理が異なる以上、ある特定の状況においてどのように行動するかはそれぞれに異なる(言うまでもない当たり前の話だが)。それを適当に一つに括って無責任に分析されるのは、括られる方にとっては迷惑極まりない話である。長年オタクをやってきた人間ならば、そういう迷惑を何度か味わっているはずだ。
あと、これは法律の話になるから厳密にしておきたいところではあるが、「特定のモデルの存在しない絵画創作物」は断じて児童ポルノではない。児童ポルノ法の存在意義を考えてみれば簡単にわかる話である。こういう風に、法律に関わる単語を適当に曖昧に使い続けることで形成される世論が行き着く先に思いを至らせることができるのならば、こういう無責任な発言はできないと思うのだが。

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