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r-fukai's Diary ausf blogger

土曜日, 7月 28, 2007

一夫一妻に関する進化生物学的アプローチ

http://blogpal.seesaa.net/article/49296795.html

個人的には非常に懐疑的。
中世日本における「通い婚」、中世中国における「一夫多妻」(金瓶梅を読んだことはないのだろうか)、現代イスラム諸国における「一夫多妻」、アフリカの社会における「一夫多妻」はイスラムとはなんとなく無関係な気がするし、少し前までのモルモン教における「一夫多妻」これらをどう説明するのか、エントリからはまったく読み取れないし、一時的なものとして積極的に切り捨てているように思える。
岸田秀の「性的唯幻論序説」によれば、一夫一妻制というのは産業革命以降の資本側の都合によって押し付けられたもの以上の意味を持たないことになっている。つまりはそういう風にしておけば、妻による性的サービスを鼻先にぶら下げられた男は自分の食い扶持以上を稼ぐようになるので資本の集積が可能になるということだ(本来、人間は自分の食い扶持以上に労働することは無意味であるのは当たり前の話だ)。
また、イスラム社会がある程度の長期間にわたって世界各国で成立しているということは、一夫多妻が遺伝子レベルで受け入れられないわけはないということを示している。
つまりは、岸田秀の言葉を借りれば一夫一妻というのは近代資本主義社会から押し付けられたものであって人間の本能的な要求から来ているわけでない、ということだ。
最近の先進国の少子高齢化問題を考えるに、社会から要請された一夫一妻制というのはそろそろ制度疲労を起こしているのではなかろうか。だからといって解決策など私は持ち合わせていないのだけれども、一つだけ言えるのは、宗教的タブーでもなければ、性行為は個人の自由だし、結婚というのは単なる社会制度の利用にしか過ぎないということだ。過剰な意味をそこに見出すのは、問題の本質を見誤ることにつながると思う。

(2007/7/29追記)
http://meme.biology.tohoku.ac.jp/INTROEVOL/vole.html

ヒトの社会は、その多くが一夫多妻制であるといわれている。

学術的研究の世界では、こういう説が主流のようである。

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