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r-fukai's Diary ausf blogger

水曜日, 9月 17, 2008

米澤穂信「インシテミル」

読了。
買ってからかなりの期間積んでしまっていた(昨年から買った本のほとんどに適用できる言説だが)。
不眠症気味の人間はミステリなど読んではいけないということを思い出せてくれた。
最初ある警告文の通り、「不穏当かつ非倫理」な内容ではあった。米澤穂信らしいからしくないかを考えれば、まぁ、こういう一面もあっていいんじゃないかと思う。
きっと彼も「淫して」みたかったのだろう。
ところで、作中に出てくる小説(十二作くらいある)のうち、読んだとはっきり言えるのが横溝正史だけというのは、私が濃いミステリ読みじゃないということを示しているだけで、それはそれで喜ばしいことであると私は考える(SFだってさほど読んでる訳ではない)。

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土曜日, 9月 13, 2008

スカイ・クロラ(続き)

最初に書いておくけれども、このエントリは完全ネタバレです。まだ読んでいない/観ていない人で、読んだり観たりするつもりがある人はここでブラウザのタブを閉じましょう。

映画のパンフレットを読んで、脚本が執筆された時点では「スカイ・クロラ」と「ナ・バ・テア」しか発行されていなかったと知った。
それで、「スカイ・クロラ」は先ほどのエントリを書く時に飛ばし読みしたのだけれども、そこで映画にしかないシーンなのに既視感を覚えたシーンがあったのに気がつき、さらに上の文章の情報を得て、幸いにもすぐに見つけ出せる位置にあった「ナ・バ・テア」を読んでみた。

散香の墜落現場に着いた草薙水素が、「可哀想に」と言ったやじ馬に対していきなり切れるシーンがあったが、これはナ・バ・テアにあるシーンで、周囲の状況はだいぶ違う。
映画の草薙水素は、もうほとんど戦闘機で出撃をしない管理職になっていて、それまでにも水素の心情を説明するシーンや台詞は特になかった。
それに比べてナ・バ・テアの方では、草薙水素は名前は判らないがとある基地に配属されたばかりでエース級の活躍を見せている第一線のパイロットで(スカイ・クロラにおける函南優一に似ている)、小説は草薙の一人称で進むために、パイロットとして空を飛ぶこと、戦闘機で相手を殺すこと、いつか誰かに殺されることについての彼女の見解を知ることが出来る。それに加えて、墜落したのは同じ作戦に出撃した同僚で、被弾した同僚機を最寄りの基地までエスコートしている最中に力尽きて墜落に至るという経過をたどる。その同僚とは出撃までにいくらかは会話を交わしていて、それなりに感情的な関係も出来ているのである。
これだけ前に説明される情報が違うと、同情的な台詞を吐いたやじ馬に対していきなりキレるという結果的には同じことをやっていても、映画版と原作ではあまりに印象が異なるだろう。
何故にかなり無理のある構成をしてまで、ナ・バ・テアのシーンを持ってきたのかは判らない。時系列的にも、ナ・バ・テアはスカイ・クロラとはかなり離れているのである(時系列的に並べると、ナ・バ・テアが最初の巻でスカイ・クロラは最後の巻になるのである)。
それを無理矢理持ってきたために、映画だけ観ていると草薙水素のキャラクターは非常にエキセントリックに見える(まぁ、単にヒステリックと言ってしまってもいいのだけど)。
私ごときが読み取ったりすると、単に草薙水素が精神的に不安定な状態にある、ということを強調したいだけだったのかと思ってしまう。
「ナ・バ・テア」の当該シーンは結構良いシーンだと個人的には思うので、そんな目的のためだったら、結構悲しい。

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木曜日, 9月 11, 2008

ダイオウホオズキイカの解剖

http://wiredvision.jp/gallery/200809/20080911093840.html
私がこの一連の写真を見て思い出すのは、野尻抱介の「銀河博物誌」シリーズ(一巻しか出ていないが)である。
シリーズ第一巻である「ピニェルの振り子」という作品に、正体不明の巨大生物を解剖するシーンがあった。
きっと作中の博物学者ラスコーは、この写真に出ている生物学者たちと同じ表情をしていたに違いない。

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金曜日, 9月 05, 2008

スカイ・クロラ

Webで近所のシネコンのページを調べてみたら、スカイ・クロラが明日までだった。しかもレイトショウのみ。
幸いにも今日は早めに出勤したので、レイトショウなら充分間に合う。
という訳で、スカイ・クロラを観てきた。
平日ではあるがレイトショウなので、人の入りは1割強くらい。わざわざ調布まで観に行ったAvaronはもっと少なかった印象がある。
ネットでつまらんつまらんと大声で叫んでいる人がいるので、どんだけつまらんのだろうと思ったのだけど、なんのことはない。いつもの押井守作品だ。GHOST IN THE SHELLの方がよっぽど眠い作品だった。つまらないと言っている人はきっと空戦に興味がないのだろう。

ここからはネタバレなので、映画をこれから観るつもりか小説をこれから読むつもりの人は読まない方がよろしいでしょう。

最初にササクラの性別が違うことに驚いた。
散香マークBが二重反転プロペラなのも原作と違う(最近出た短編集スカイ・イクリプスに、散香マークBのプロペラのトルクによって起きる癖について触れた作品があったので、これにはすぐに気付いた)。
他にも色々と細かい差異がある。出てくる車がことごとくオープンなのは、その方が芝居を見せやすいからだろう。フーコの印象がかなり違うのは誰の趣味だろうか。
可笑しいのは、舞台は明らかにヨーロッパのどこかなのに、パイロットたちは日本語を母国語として操っていて地元の人間は英語を使っている(新聞を読む人物がいるのだが、これが日本語の読売新聞なのだ。モブの一人がDaily Yomiuriを読んでいたので、明らかに意識して日本語と英語を使わせている)。そのパイロットたちも、飛ぶ時は英語を当たり前のように使うのだ。どういう演出意図なのだろう。パイロットたちが異邦人であることを強調したかったのか。
ティーチャの扱いも原作よりも重めになっていた。原作では中盤の大きな作戦の時に初登場するが、映画では冒頭の空戦シーンで登場する。つまりは最初のシーンで散香マークBはやられ役なわけで、これはフィクションとしては珍しいことではないかと思う。
それに、最後のシーンはスカイ・クロラにはなかったシーンだ。もし、スカイ・クロラと全く同じに作ったら、もっとつまらないと言われてしまったに違いない。原作でのティーチャとの空戦シーンは、確か都市のビル街で起きていたように記憶している。ちょっと期待していたのだけど、海の上であっさり終わってしまったので少しばかり不満だ。

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